パチンコを打ち続けた代償がついに来た、そして夜逃げした友人・・・

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大学を卒業後、
僕はパチプロの道をあきらめ
無事社会人1年生になりました。

今までアルバイトすらしたことがなかった僕は
社会で働くことが不安で仕方がありませんでした。

会社で働くってどういうことだろう?

言われたことをやっていればいいのかな

先輩とかが怖かったらやだなー。

期待と不安が入り混じる中、
僕は会社の中一番大きなお店に
配属されることが決まりました。

残念ながら友人とは別の店でしたが、
その代わり1人だけ同期の仲間も一緒です。

よし、今日から頑張るぞ!!

そう心に誓って僕は初めての職場へと
移動していくのでした。

僕は甘ったれ?社会人としての現実に絶句

はじめてお店に到着すると
そこで働いている先輩たちに
ジロジロと見られまくりました。

向こうもどんな人間が店に来るのか、
気になっているようです。

なんか、嫌な雰囲気だなぁ。

そう思いながら小さな部屋に案内され、
しばらく待つように指示がありました。

すると突然従業員が集められ、
その場で自己紹介を大きな声でしろと。

何も考えていなかった僕は
頭が真っ白になりながらも、

分からないことばかりですが、
よろしくお願いします
、と一言。

みんなから拍手をもらって解散となりましたが、
その手には汗がみなぎっていました。

今日はこれで終わりにしていいよ。

明日からお店に出てもらうからね。

そう店長さんに言われて帰宅。

僕は二階の寮で寝泊まりをするようになり、
その日は疲れてすぐに寝てしまいました。

これから始まる地獄のような日々を
知る由もなくね・・・。

ブラック企業?無知ゆえにそれすら分からない

仕事辞めてパチンコしたい

入社1週間後、僕はいつ仕事をやめようか、
そればかりを考えて働いていました。

毎日誰にも何も言われない
すべてが自由な時間から一転、

毎日決まったに起きて、
勤務表に人生を決められて、
朝から晩まで時間拘束され続け、

ついこの前まで顔も名前も存在すら
知らなかった人から叱責される日々。

有給を取りたいと申し出れば、
正社員なんだから有給なんか取れないよ
と真顔で言われました。

アルバイトは仕事が終わるとお疲れ様でしたー
と言って帰宅するのですが、
正社員となるとそうはいきません。

暗黙の了解で1~2時間程度は雑務をこなしてから
帰らなければならないのです。

(もちろん自主的に残っている、
という建前なので残業代は出ません)

予定があるので早く帰ろうとすると、
もう帰るの?他の人はまだいるよ?
当たり前のように嫌味を言われました。

・これが社会人というもの?

・なんで毎日怒られなきゃならないの?

・この生活をあと何十年続ければいいの?

・有給が取れないのって当たり前なの?

・残業代付かないのに帰っちゃいけないの?

日々、自分の体内に蓄積される
疑問とストレスを感じつつも、

バイト経験がなかった僕は
社会で働くことの意味がよく分からず、

これは社会人として当たり前のものだ、
と自分に言い聞かせるように働き続けました。

毎週店長が決めたシフト表に従って
従業員の勤務が決まるのですが、

週に1度は遅番から早番への
交代勤務があります。

遅番だと正社員が帰れるのは夜中の1時過ぎ、
それでいて翌日の早番は8時前に出社するので、
3時間程度しか睡眠が取れない日もありました。

そんな日の翌日は決まって朝起きると、
胃液が逆流しそうな気持ち悪さに襲われました。

同時に日々蓄積される疲労と会社の勤務体系に
ある疑念が強く溜まっていきました。

・この人(先輩社員)たちの楽しみってなんなのだろうか?

・この人たちはこの仕事を定年まで続けて何を得るんだろう?

・どうして毎日、こんな檻みたいな小さい店の中に拘束されなければならないのだろうか。

・睡眠不足で胃液が逆流しそうになるくらい気持ち悪いのに、

・どうしてこの人たち(先輩社員)は文句ひとつ言わずに仕事ができるのだろうか。

僕は就職して仕事をすることで
幸せになれると思っていました。

仕事をしてお金をもらって、
家に帰ったら奥さんと子供がいて、
休みの日は家族全員で公園に出かけて
奥さんと笑いながらのんびり過ごす。

長期休暇になれば旅行に出かけ、
正月は実家に帰省して

おじいちゃんおばあちゃんから
お年玉をもらって買い物に行って、

自分はやってもらえなかったけど
たこあげや羽根突きを教えてあげたり、

親族みんなで初詣に行って
その帰りに食事をして、

今年も1年健康でいい年になりますように、
とみんなの顔を見るんだろうな、

そんな当たり前の生活を送ることを
漠然と考えていました。

でも今の仕事を続けている限りそれは一生、
手に入らないことが明白でした。

なぜなら僕がいずれなるであろう
お店の店長は僕らよりもさらに長時間、
会社で仕事をこなしていたからです。

夢や希望を失い毎日疲れた、だるい、面倒くさいと
ネガティブな発言をする社員もいました。

上司からいつも怒られている先輩社員が
後輩いじめとして僕らに八つ当たりのような
意味不明のしかり方をしてきたこともありました。

僕はこれから先、この人たちやこの会社と
何十年も生きていくことは無理だと思いました。

それは”ただ社会人が嫌だ”という
新入社員が持つだけの浅はかな理由ではなく、
未来を見据えた真剣な悩みからでした。

自分のやりたいことをすべて我慢して
仕事を中心に歳を取っていくだけの人生を想像すると、
なんともやりきれない気持ちでいっぱいになりました。

“適当な就職活動をしていたお前が悪い”
と言えばそれまでですが、

“友人と一緒なら何とかなる”と思っていた僕は
あまりの理想と現実のギャップにメンタルが
すっかりやられてしまったのです。

そんなとき、ある大事件が起きます。

僕をこの会社に誘った友人が夜逃げしたと
いうのです・・・。

夜逃げした友人を連れ戻しに行った結果・・・

パチンコ依存症その後

ある日、仕事をしていると突然、
先輩に呼ばれました。

社員の中で先輩呼ばれる=怒られるといった
ダークなイメージがあったので、
僕の気分は大きく落ち込んでいました。

俺、なんかやったかなぁ。。。

目にえた失態を犯した記憶はないのですが、
呼ばれた以上は何かあるんだろうなと思いつつ、
僕はドキドキしながら事務所のドアを開けました。

するとそこには神妙な顔をした役職の先輩が
腕を組んで立っていたんです。

おう、さんパパ。

ちょっと聞きたいんだけど、
お前の同期に〇〇って奴いただろ。

あいつが今日、会社に来てないんだって。

連絡しても電話に出ないみたいで、
お店の人があいつの寮に行ったら
荷物が全部片づけられたんだってよ。

お前、あいつの知り合いだろ?

何か知ってるか?

突然、身に覚えのないことをたくさん言われ
少し混乱していた部分もあったのですが、

実はこの出来事の数日前に僕は彼から
“仕事を辞めたい”といった相談を受けていました。

僕も似たような状況だったので彼とは話が合い、
結構な時間二人で話したのですが、

最終的にはせっかく入った会社だから何とか頑張ろう
と約束して別れました。

しかし、どうやら彼が配属されたお店は
僕が思っている以上に劣悪な環境で、

とにかく人が足らず連日フル稼働で
仕事をさせられていたようです。

そこには部長まで駆けつけていて
ただ事ではないことはすぐに分かりました。

先輩はかなりイライラしている様子で
強い口調で僕に質問をしてきましたが、

答えに困っている僕を見て部長が
彼と連絡を取ることは可能か?
といったことを言ってきました。

地元に戻れば可能だと思います。

すると、しばらく間をおいてから

彼と話がしたいから
戻ってくるように伝えてほしい、

そういったことをお願いされました。

さすがに断れるような雰囲気でもなかったので、
分かりましたと言ってその場を去りましたが、

内心はそんなの自分でやればいいのに・・・。
って思ったのを覚えています。

僕は休日を利用して彼に会うため
地元に戻りました。

彼はいつものお店でいつも通り、
南国育ち(スロット)を打っていました。

南国育ち4号機
©オリンピア

僕が軽く頭をコツくと彼は驚いた顔で
おう!と笑っていました。

そして開口一番、
わりぃ、俺、無理だったわ~(笑)
僕に話しかけてきました。

彼の気持ちは痛いほどわかるので、
彼に対して何の思いも感じることなく、
いつものように二人で食事に行きました。

そこで事業部長が戻ってきて欲しいという
意図を伝えると、彼は首を横にふりました。

まぁ、そうだよね(笑)

僕の感情も会社より彼の方に傾いていたので、
彼が職場に戻る気が無いことを上司に伝え、
彼は入社1ヶ月でそのまま退職しました。

さて、残された僕の方はどうしたかというと、
相変わらず仕事を辞めたいと毎日思っていました。

しかし、仕事を覚えるにつれ
自分の責任が重くのしかかり、

周りに迷惑をかけられないという理由で
だらだらと仕事を続けていました。

パチンコ依存症再発、ストレスがピークに

仕事は嫌でしたがシフト性の職場だったため
パチンコにはそれなりに行けました。

遅番の時は開店からパチ屋に行き、
前日の天井付近の台を打つだけで
毎月20万円近く勝てていました。

生活費はすべて給料でまかない、
給料は全額そのまま貯金です。

まぁ仕事が忙しくお金を使う暇もなかったので
僕は入社してから仕事をやめるまで
1度も会社の給料をおろさなかっただけです。

後々、忘れたころに通帳を見たら
200万円以上溜まっていて驚きましたが。

別にうれしさとかはなかったですね。

お金なんかあってもこんなに忙しかったら
全然ダメじゃん
、って思ってましたから。

仕事が忙しくなればなるほど、
精神的にも肉体的にも追い込まれ、
自分の時間はほとんどなくなりました。

ぷつんとキレた糸。”僕、仕事やめます”

そんな状態で迎えたその年の年末年始。

サービス業はどこもかき入れ時。

僕は12/30日から1月の3日まで、
連日12時間労働していました。

アルバイトの人がほぼ全員休暇を取るため、
そのしわ寄せが正社員に来るのです。

大みそかから元旦にかけては特に悲惨で
12/31日の23時ごろに帰宅しそのまま彼女と初詣。

夜中の2時ごろに帰宅し風呂に入り、
朝の3時に就寝。

6時に起床し7時に自宅を出る。
(この時は寮でなく同棲していました)

そのまま夜の21時までぶっ通しで仕事・・・

さすがに最後の方は吐きそうで、
ほとんど記憶に残っていませんね。

周りのみんなも死にそうな顔だったし、
正月って感覚も無くなっていました。

だけど僕より上の立場の人は
もっと長時間働いていました。

店長クラスは年末年始は会社に泊まるのが
通例だったようです。

今思えばいわゆるブ〇ック企業
だったのかも知れませんが
当時の僕はそんなことを知るはずもなく、

社会人は大変なんだなー
言いながら働いていました。

僕はこの正月を経験したこと、
そして自分の立場が上になればなるほど、

自分の理想の人生とかけ離れていく現実に
将来性を感じられなくなり、

仕事へのモチベーションが
急激に下がっていきました。

そして周りの社員のためと気を張っていた
僕の心の糸がプツンと切れました。

とてもじゃないけれどこんな年末年始を
毎年過ごしていたら結婚なんてできないし、

実家に帰省することもできなければ
友人と集まって話すこともできない、

もう、仕事をやめよう

年末を乗り切り、2日間の休みをもらった直後、
僕は会社に退職届を提出しました・・・。

脱サラ
↓↓↓
第9章 念願のパチプロ生活がついに実現!24時間がなくなるからオール自由!へ続く

さんパパオリジナル!『本当にあったパチンコ依存症物語』
第1章【パチンコ依存症物語】たかがパチンコに人生を狂わされた高校生の話
第2章 パチンコ依存症になった原因は幼少期の頃の家庭環境だった?
第3章 パチンコ依存症で負け続けていた時の立ち回りは設定1の狙い撃ちだった
第4章 パチンコ依存症によって失われたもの&やめたくれもやめられない恐怖
【番外編】パチンコ依存症チェックリストでパチンコ依存症度を確認してみよう!
第5章 定期代としてもらった1万円をパチンコに・・・その選択が人生を変えた
第6章 パチンコ依存症をついに克服!?負け組からの脱出と訪れた夢の時間
第7章 パチンコ依存症の後遺症?漫画喫茶でカイジを読んでたら就職が決まった話
第8章 パチンコを打ち続けた代償がついに来た、そして夜逃げした友人・・・(今ココ)
第9章 念願のパチプロ生活がついに実現!24時間がなくなるからオール自由!
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ABOUTこの記事をかいた人

パチンコ&スロット依存症患者のさんパパです。高校生で100万負け人生が破滅、大学生になり独学で勝ち方を学び、パチ&スロで2,000万以上勝ち現役引退。引退後は社蓄リーマンとして10年働き、仕事と育児の傍ら経営学を学び不労所得戦略を身につけ月収40万突破、まもなく脱サラ予定です。